「黒い霧事件」とは?意味と例文が3秒でわかる!

2022-02-15

「黒い霧事件」の意味とは

黒い霧事件とは、1960年代後半から70年代前半にかけて日本で起きた一部の不祥事・騒動を指す言葉です。

黒い霧事件と呼ばれる不祥事・騒動には、主に以下5点が該当します。

・国政で1966年に発覚した複数の不祥事
・プロ野球で1969~71年に巻き起こった八百長疑惑
・日本プロボクシング界で1972年に起きた分裂騒動
・東京都議会で1965年に発覚した複数の不祥事
・茨城県議会で1967年に発覚した買収工作

それぞれに関連性はなく、基本的に個別の事件として扱われます。

この記事では、上記の中で特に有名な「プロ野球における黒い霧事件」と「国政における黒い霧事件」の概要について説明します。

「黒い霧事件」の由来

各事件の詳細に入る前に、そもそも何故「黒い霧」という言葉を冠しているのか、その由来について確認しておきましょう。

黒い霧は、推理小説家として有名な松本清張のノンフィクション作品『日本の黒い霧』が由来です。

第二次大戦後のアメリカ軍占領下の日本で実際に起きた事件を取材・記録した作品で、月刊誌『文芸春秋』において1960年1月号から12月号にかけて連載されていました。

この作品が注目されるようになり、それ以後に発生した不可解な事件に対して「黒い霧事件」と呼称するのが流行になりました。

プロ野球における「黒い霧事件」

複数の「黒い霧事件」の中でも最も有名な騒動が、1969年~71年に発覚したプロ野球関係者による八百長疑惑です。

一般的に「黒い霧事件」と言えば、この事件を指すことが多いでしょう。

マスメディアの報道をかわきりに国会でも取り上げられるほどの社会問題となりました。

世論の突き上げにより調査を迫らせた日本野球機構(NPB)は、「敗退行為」を認めた永易将之(西鉄ライオンズ)らの証言に沿って、疑惑のある複数の選手に対して刑事罰を待たずに厳しい処分を下しました。

敗退行為のほか、一部の選手には反社会的勢力との交際や別の賭博での八百長行為などが発覚し、永久追放処分または長期間の出場停止、年俸減額などが言い渡されたのです。

処分者の中には当時、天才投手として注目され、西鉄ライオンズのエースとして活躍していた池永正明の名前もありました。

さらに、問題はオートレースにも波及することになります。

NPBによって処分された選手の一部がオートレースの八百長にも関与していたのです。

この疑惑の発覚によって19名もの現役オートレース選手が逮捕されました。

政界における「黒い霧事件」

政界においても「黒い霧事件」と呼ばれる不祥事があります。

主に以下、複数の事件の総称として用いられます。

・田中彰治事件
・公私混同お国入り問題
・深谷駅急行乗停車問題
・共和製糖事件
・公私混合官費旅行
・東京大証社長仲人問題

当時、政権与党を担っていた自民党を中心に起きた不祥事でしたが、共和製糖事件において日本社会党の関与も発覚しました。

ちなみに、その直後に行われた佐藤栄作首相による衆議院解散を「黒い霧解散」と呼びます。

「黒い霧事件」の例文・用例

黒い霧事件

黒い霧事件を使った例文・用例を紹介します。

✓例文・用例

●野球史の研究で黒い霧事件を調べる。
黒い霧事件を彷彿とさせるニュースだ。

SNSでの「黒い霧事件」の使われ方

「黒い霧事件」の類義語

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「黒い霧事件」の対義語・反意語

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